台原中学校時代の想い出

師走の東京、40年振りの再会。

新幹線の窓の外を流れる景色は、過去を置き去りにしていくのか、まだ知らぬ未来に向かっていくのか、どちらなのだろう。 別れか、出会いか。 私は、東北新幹線「やまびこ」に乗り、冬晴れの青空を見上げながら、東京に向かっていた。 約四十年ぶりに再会する…

───合唱コンクールの思い出(音源発見!!)

あしたのジョーの写真の処理に時間がかかっているので、ちょっと一休み。 以前書いたものに進展があったので、修正して再掲載───。 座って空を見ていると 鳥が飛んでいた 真っ直ぐ飛んで 真っ直ぐ飛んで 見えなくなった 空は何色 あの鳥は何 座って海を見て…

何故に同窓会にこだわるのか。

先日、台原まで行ったので、台原中学校を訪問し、校長先生にお会いし、いろいろと今回の趣旨を説明してきました。 還暦同窓会を成功させるために様々な手段を駆使しても、先走った勝手な行動だと判断されても困るからです。 正式に台原中学校の了解を得るの…

あいつも、あの子も、懐かしい笑顔───。

40年振りの再会───。 うーん、二日酔いで頭が痛い。頭が働かない。文章が書けない。 こんなに飲んだのは、いつ以来だろう。 あれほど長い時間飲み続けたのは、いつ以来だろう。 記憶を遡れば、10年ほど前、六本木からお台場と渡り歩き、 夜の7時から翌…

紙飛行機、飛んだああああ───。

台原中学校では、放課後4時(5時?)になると 「下校時間になりました。みなさん帰りましょう」 というお決まりのアナウンスが流れる。 当時、誰の発案か忘れたが、O君、I君、TO君、TA君たちと 紙飛行機を作って屋上から飛ばそうということで、 放課後…

台原中学校昭和48年卒業生のみなさんへ

本日(9月16日)の河北新報夕刊をご覧になったみなさんへ。 台原中学校昭和48年卒業生の方は、是非、下記にアクセスし、 掲示板に書き込みなさるか、或いは私宛にメールをお送りください。 何卒よろしくお願い致します。 ブログ名は“3年7組”となって…

───台原中学校最後の夏休みとその10年後

昨日載せた音楽「secret base~君がくれたもの~」の歌詞の中に “10年後の8月、また出逢えるのを信じて” という印象的なフレーズがあるので、卒業した年の10年後の話を書いたが、 歌詞をよく吟味すれば“最後の夏休みから10年後”という意味なので、 台…

台原中学校時代の夏休み

台中時代、夏休みに入ると頻繁に西公園にある屋外市民プールに行き、帰りには市民図書館に寄って、本を借りまくっていた。 図書館、プール、繁華街、どこへ行くにも自転車だった。 仙台に戻って来た三年前の夏、あまりの暑さにプールに行きたくなった。 ネッ…

仙台七夕祭り

今年も仙台の七夕祭りが昨日から始まった。 昼よりも夜の七夕のほうが風情があっていいのだが、 その時間帯に観に行くには、なかなか都合がつかない。 私の記憶にある仙台七夕は、 青森から仙台に戻って来た小学校4年の頃からだと思うが、 それでもおぼろげ…

「ごめんなさい、お役に立てなくて」

「ごめんなさい、お役に立てなくて」 この言葉を聞いたのが約三週間前。 旭ヶ丘小学校時代によく遊んだ女の子、台原中学校の同期生。 同窓会立ち上げを企画して、初めて連絡が取れた同窓生。 彼女から突然電話がかかって来た時は、胸がときめき、 思わず、「…

15年ぶりに女友達の声を聞いて思う───

以前、“男と女では年を取ると声の変わり方が違う” と書いたけれど、それはどうも間違いだったみたいだ。 単に小学校時代の女の子の声を40年ぶりに聞くのと 二十歳を過ぎてからの男の声を35年ぶりに聞くという、 その人の声を最後に聞いたのがいつの時代…

音楽への道───。

歌を熱心に聴くようになったのはいつ頃からだろう。 やはり、台原中学校に入学してからじゃなかったか。 もちろん、小学校時代だってテレビの歌番組を見て、 口ずさんたりはしているのだが、レコード大賞とか、紅白とかを 真剣に見るようになったのは中学に…

35年ぶりに友人の声を聞いて思う───。

台中時代の多くの友達とは、もう40年以上会っていないけれど、 高校時代の友人とは、それよりもう少し短い期間、 35年ほど会っていない。 大学四年の頃、夏休みで帰省した時、数年ぶりに野球部の仲間と会った。 みんな二十歳を過ぎてお酒を飲める年にな…

還暦同窓会開催に向けて思う───

考えてみれば、この40年間、約600人の台原中学校同期生が 様々な人生を歩んできたわけです。 みんながみんな、後悔などまるでない幸せな道のりを歩んできた わけではないんですよね。 苦しいこと、辛いことなどをたくさん経験してきた 方々も数多くいる…

想い出の名曲「花嫁」───坂庭省悟さん

先に、台中一年生時代の想い出の名曲として はしだのりひことクライマックスの「花嫁」を紹介しましたが、 こちらは、この曲を作曲した坂庭省悟さんのオリジナル版です。 YOUTUBEでたまたま見つけ、初めて聴いたのですが、 こちらのほうもなかなか味があるの…

中学一年時代の想い出の曲───はしだのりひことクライマックスの「花嫁」

ぼくらが晴れて小学生から台原中学生になった年、昭和45年は 大阪で万博が開催された年だ。 中学生という響きは、小学生とは明らかに何かが違っていた。 ついこの前まで、半ズボン姿で泥にまみれて遊んでいたガキが、 詰襟の制服を着て、かしこまった顔で…

───合唱コンクールの想い出

座って空を見ていると 鳥が飛んでいた 真っ直ぐ飛んで 真っ直ぐ飛んで 見えなくなった 空は何色 あの鳥は何 座って海を見ていると クジラが泳いでいた 真っ直ぐ泳いで 真っ直ぐ泳いで 見えなくなった 海は何色 あのクジラは何 空を鳥が飛んでいる 海をクジラ…

───台原中学校三年の大晦日の夜

昭和47年12月31日。 台原中学校三年生として迎えた大晦日。 レコード大賞、紅白歌合戦を見終えた私は 深夜、父親と一緒に自転車で近くの東照宮に向かいました。 そう、三か月後に迫った高校受験合格を祈願するために。 真夜中の東照宮は初詣に来ていた…

修学旅行の想い出(2)───台原中学校同窓会 昭和48年卒業のみなさんへ

昭和47年6月の修学旅行。 二日目の東京では確か鳳明館という宿に泊まりました。 場所は文京区本郷。 夜、部屋の窓から電車の走る光景が見えました。 暗闇の中、右から左へ。左から右へ。 夜遅いというのに数分おきに電車が行き交います。 「東京はこんな…

卒業写真───昭和48年台原中学校卒業生のみなさんへ

悲しいことがあると 開く皮の表紙 卒業写真のあの人は やさしい目をしてる─── そういえば、この出だしで始まるユーミンの名曲『卒業写真』。 大学時代アルバイトで、小さな塾で女子中学生五人を教えていたのですが、 私の指導のお陰で(?)彼女たちが無事に…

修学旅行の想い出─── 台原中学校同窓会 昭和48年卒業生に向けて

去年、横浜に遊びに行ったときの山下公園と氷川丸。 そういえば、台中の修学旅行は、当時お決まりの「日光・東京・横浜」で、ここにも来たなあ、と感慨深いものがありました。 昭和47年の六月だったでしょうか。 あの頃の横浜は、こんなに美しく綺麗な街で…

仙台市立台原中学校 同窓会での再会に向けて

思うところがあって、 昭和48年に仙台市立台原中学校を卒業したみんなへのメッセージをこめた文章を載せるブログを開設しました。 35年間住んでいた東京から離れ、故郷仙台に戻ったのが2012年の夏。 あれほど憧れた大学への思いを胸に上京し、故郷仙…