10数年ぶりの再会───誠実な態度でラグビーに向き合うということ

試合開始まであと数時間になりました。
今書いても、どれほどの人に開始前にこの文章を読んでもらえるのか分かりませんが、思うところがあるので敢えて書かせていただきます。
 
1997年4月から、私はラグビーの個人HP「ラグビー傍目八目」
作り始めました。
 
観戦記を主にし、シーズンになる度、毎週カメラとノートを持って、神宮外苑にある秩父宮ラグビー場や国立競技場に出向いたことは、以前に書いたかもしれません。
 
観戦記では試合の経過や内容、それに現場で感じた私の率直な感想を主に書きました。
 
1997年9月23日、大学ラグビーの試合を見に行った時のことです。
 
その試合は、初めて二部から一部リーグに昇格したばかりの大学と優勝候補の筆頭に挙げられている大学との対戦でした。試合は大方の予想を裏切り、昇格したばかりの新興チームが優勝候補からあわや大金星を奪うか? という白熱した試合になりました。
 
観客席で応援する新興チームの控え選手達も気合が入ったのでしょう。 相手チームがペナルティゴールを外す度に、いっせいに大きな拍手と歓声を上げました。 私にとって、それはあまり見たことのなかったラグビーの応援風景であり、 驚きと同時に非常に不快感を覚えました。気になったのでその行為を観戦記の中で非難したのです。
 
すると数日後、私の元に一通のメールが届きました。
「差出人は?」と見るとそのチームの関係者の方でした。 「クレームだろうか?」と思いながら、私はそのメールを読み始めました。 ところがそれはクレームどころか、『言われるような行為を犯したことを非常に反省しています。それを戒められなかった私たちにも責任があります。部員達にも通達し、今後は気をつけるよう努力します』という内容のメールだったのです。
 
たかだかどこの馬の骨が書いたのか分からない、勝手に言いたいことだけを書き連ねているHPの観戦記でのことなのに、非常に真摯で誠実な態度で書かれてありました。私は恐縮すると同時に、そのチームの関係者のラグビーに取り組む姿勢に大きな感動を覚えました。
 
その後、言葉通りに、私の書いた批判内容をラグビー部員の住む寮に大きく貼り出し、注意したとのこと。
 
私は、彼とその後も何度かメールのやりとりをするようになりました。
そして思ったのです。
 
このような指導者や関係者のいるラグビー部は絶対に強くなると。
いや、こういうラグビー部こそ強くなってほしいと。
さらに、こういう人たちが将来の日本ラグビーを支えていってほしいと。
 
あれから10数年以上の年月が経ち、
そのチームは着実に階段を一歩一歩登って来ました。
 
先日、そのチームのフェイスブックに彼の名前を見つけたので、私はコメントを書きました。けれど返事はなかなか戻って来ませんでした。それもそのはず、当時のハンドルネームと私の実名は一致するわけもなく、彼にとっては誰が何のことを書いたのか、すぐには分からなかったのでしょう。
 
つい2日前のことです。
私のフェイスブックに友達リクエストの要請がありました。
彼からでした。私はすぐに承認し、久々に彼とメッセージのやりとりをしました。
 
10数年ぶりにやりとりした内容をごく一部だけ紹介すると、
「競技力向上はもちろんのこと、学生の育成(教育)・地域との連携・ほか、ますます精進してまいる所存です。今後ともご指導のほどよろしくお願いします。
 
昔と全く変わらない、真摯で誠実な内容の文言でした。
 
10数年前に新興チームだったそのラグビー部は、今では大学ラグビー“リーグ戦グループ”の強豪チームとなり、一昨年、昨年と優勝し2連覇中で、今日3連覇を賭けた戦いが行われます。
NHKのEテレで、午後2時から全国放送されます。
 
今シーズンの大学ラグビーを殆ど見ていない今の私には、どちらが勝つのか全く予想できません。
それでも、10数年ぶりにネット上で再会し、彼のラグビーに取り組む姿勢に変わりがないことを知った私は、そのチームを応援したいと思っています。
 
ここまで書いて、敢えて名前を伏せる必要もないと思うので、そのチームの名前をご紹介します。
仙台や宮城県の方々には馴染が薄いと思いますが、茨城県にある通称“流経大”、流通経済大学ラグビーです。
 
10数年前に私とメールのやりとりをして知己となった事務局の彼は、今ではラグビー部〇〇〇〇長という肩書になっていました。
 
当時、流経大が大学選手権でベスト4まで勝ち残り、国立競技場の晴れ舞台を踏むようにでもなれば、その時に是非競技場でお会いしましょうと私は彼に言いました。
 
流経大ラグビー部は、あと一歩のところまで行きながら、なかなかベスト4まで勝ち残ることができません。ただ、今季はそのチャンスなのかもしれません。
 
でも───。
国立競技場は解体になりましたし、私も故郷仙台に住む身となりました。
ベスト4に勝ち上がっても、来年の1月2日に私が東京へ行けるかどうか分かりません。
 
それでも、私は流通経済大学ラグビー部を、遥か杜の都仙台から見守りたいと思っています。
そしていつか、彼と競技場でお会いし、それまでの苦労やラグビー談義に花を咲かす日が来ることを願っています。
 
“私の思い”だけの、全くの私事を書き連ねてしまいました。
最後までお読みいただきありがとうございました。<(__)>


追記:(11月22日午後1時)
長くなるので書くのを控えたのですが、反響が大きいようなので、1999年の大学選手権のパンフレットに載った、当時の流経大の上野監督の文章を掲載させていただきます。
 
『我々の大学選手権に挑むにあたってのモットーは、"挑戦者の精神を持ち続ける"ということと"自分達の能力を出し切り、最高のパフォーマンスを出す"ということです。リーグ戦ではないハードな戦いになると思いますが、今日のゲームは本当に素晴らしかった、観る価値のあるゲームだったといっていただけるような試合にしていきたいとおもいます。そして常にベストなゲームをやっていくことが、本大会を運営・支援して頂いた方々、またゲームを観戦に来て頂いた方々へのお礼になると思います。』
 
これを読んだ私は、これほど高い志、或いは大会運営者への感謝や、私たちラグビーファンへの思いやりも感じられるコメントを書かれる大学の監督は、他を探してもなかなか見つからないだろうと、あらためて流経大ラグビーに取り組む姿勢に目頭が熱くなるほど感銘を受けたのを覚えています。
 
流経大ラグビー部の選手の方々へ。
あなたたちの先達は、簡単には言葉で表せないほど、素晴らしい方ばかりだったのだということを胸に刻んで、今後も一層精進してください。<(_ _)>