ソーダ水の中を貨物船が通らない??

 
大学三年の、年も明けた1月頃だったでしょうか。
私はその前年の暮れに行われたT女子大の
大学祭で知り合った女の子とデートすることになりました。

彼女は横須賀在住、私は西武線高田馬場駅から一つ目の下落合に住んでいました。
距離が離れているので、デートの場所は二人の住まいの中間辺りの横浜に決定。
山下公園を散策し、氷川丸に乗り(なんと台原中学校時代の修学旅行コース)、
それから金沢八景を見学し、という段取りでした。
金沢八景を後にすると、日も暮れかかって来たので、その後は夕食です。

私の頭の中に、一つのシーンが浮かびました。
───あの有名なレストラン。そこへ行こう───。
彼女に提案すると、快く頷いてくれました。

ところが、そこまでの道のりの長いこと。
万里の長城を端から端まで歩くほど、と言っては大袈裟だけれど、
それに匹敵するほどの(?)距離を歩き続けました。
(二時間以上歩いたかなあ。最後の心臓破りの坂もきつかった)
そして、ようやく目的地であるレストランに到着したのです。

店内に入り、窓際の席に案内されると
私たちのところへウェイターが注文を取りにやって来ました。
もう、二人とも歩き過ぎてお腹がぺこぺこです。
お腹がすいたなあ。何か腹にたまるものを、と一瞬思いました。
でも、でもですよ。
ここはどこ? 私はだれ? いや、そうじゃない!!

ここは、あの有名な『ドルフィン』ですよ。
横浜にある『ドルフィン』ですよ。
ユーミンの名曲『海を見ていた午後』に出てくる
静かなレストラン『山手のドルフィン』ですよ。

となれば、オーダーは自ずと決まってくるじゃないですか。
メニューを睨んだふりをしてから、私はさりげなく注文しました。
ソーダ水二つ」
夕食時でもあり、周りを見渡してもそんなものを頼んでいる人は誰もいません。
でも、ここに来たからには「ソーダ水の中を貨物船が通る」のを
見たいではありませんか。

数分後『ソーダ水』がうやうやしく運ばれて来ました。
少し間を置いてから、私はソーダ水を覗きこみました。
“本当に、ソーダ水の中を貨物船が通るのかなあ?”

けれど、残念ながら『ソーダ水』の中を貨物船は通ってくれませんでした。
理由は、きわめて簡単。当然と言えば当然。
二時間以上も歩いたせいで、外は真っ暗。
海の上を走る貨物船など、暗すぎて映らなかったのです。

そんな当たり前の事実を見落とし、ソーダ水を頼み、
覗きこんだ私は愚か者としか言いようがありません。
一緒に行った彼女は、
「この人、馬鹿なんじゃないの?」
とでも言いたげに、嘲りの? 偽りの? 微笑みを浮かべていました。

ソーダ水を飲み終えた私たちは、さすがに空腹に耐えきれず、
ご飯物を食べようと思いましたが、一階は喫茶だけで、
時間も早く閉めるらしく、二階へ案内されました。

ところが、これがごく普通のレストランではないのです。
本格フランス料理のレストランだったのです。
「コースになさいますか?」
ウェイターは事もなげに言い放ちましたが、料金を見て、びっくり。
貧乏学生の私が払える金額を遥かに超えていました。
死者を鞭打ち、さらに蹴とばすような行為を受けた気分になりました。

必死になって、メニューを何度も何度もめくり直し、
その中で最も安い単品の「ビーフストロガノフ」を注文しました。
それでも2500円ほどだったと記憶しています。
「〇〇さんは?」
私は、恐る恐る彼女に尋ねました。

さすが彼女も名門T女子大、頭脳明晰、私の心情と懐具合を察し、
「おなじものを」と優しく囁いてくれました。
「承りました」と言って厨房に向かったウエイターの顔に
小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいたように見えたのは、
私の錯覚だったでしょうか?

帰りは、店のそばにあるバス停「根岸競馬場前」からバスに揺られ、
横浜駅まで行き、そこで別れました。

私の馬鹿さ加減に呆れたのか、二時間以上も歩かされたことで頭に来たのか、
その後、二度と彼女とデートすることはありませんでした。
小さな泡になることもなく、いとも簡単に消えていってしまったのです。

イメージ 1

 
30年以上も前の、甘酸っぱくも、ほろ苦くもない、
ひたすら疲れただけの記憶がある、単なる恥ずかしい思い出です(笑)。

 
追記:でも、あれは昼でも(晴れた午後でも?)見えません、絶対に。
たしか、かなり小さいグラスだったし、水滴だらけで。
ユーミン、嘘つきじゃん・・・・・・」と、あとで思いました(笑)。
まあ、そんな想像力豊かな歌詞を作れるところが彼女の凄さなのでしょうが。