夏休み───ぼくの大好きな青髭
1977年、大学1年の夏、僕は仙台の実家に帰ったのも束の間、とんぼ返りで東京に戻り、学生会館のサークルの部室でギターを弾きながら歌っていた。
多くの学生が帰省して人のいなくなった南青山の学生寮で9時過ぎに目覚めると、飯も食べずに、特に何の目的があったわけでもないのに大学に行き、夏休みで誰も来なくなった部室に毎日のように入り浸っていた。
ある日、僕と一緒にそのサークルに入部した女の子が部室の扉を開け、顔を覗かせた。
僕の顔を見ると驚いたように目を丸くして
「あれ、〇〇君、何してるの?」と彼女が訊いてきた。
「寮の友達はみんな田舎に帰っていないし、暇でここに来てギター弾いてる」
「ふーん」
その後、どんな会話を交わしたのか記憶は曖昧だが、最近どんな本を読んだ? という話になった。
(大学1年の夏休みは、作品の舞台になった日比谷高校や山王神社にも行ってみた)
突然、彼女が言った。
「小説とおなじことしようよ」
「何それ?」
「紀伊國屋で待ち合わせして、2階のブルックボンドでお茶を飲もう」
たしかに、小説の中には主人公の薫くんがそんなことをする場面が出てくる。
「面白そうだね」
それから、二人で新宿の紀伊國屋書店に行く日と時間を決めた。
数日後、僕らは本当にそれを実現することになる。
僕にとっては、女の子と二人で親密にお茶を飲むという一般的に“デート”と呼ばれる、生まれて初めての経験でもあった。
学生運動で東大入試が中止になった年に発表された作品で、日比谷高校三年生である主人公「薫くん」の饒舌体とも言われる一人称文体が三島由紀夫に評価された。アメリカの人気作家サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」との相似性も話題になり、その年の小説部門ベストセラー第二位になる。
『薫くんシリーズ』として、『さよなら怪傑黒頭巾』『白鳥の歌なんか聞こえない』『ぼくの大好きな青髭』の四部作を発表。その後ピアニスト中村紘子さんと結婚し、小説を一切書かなくなり文壇から突然消えた、不思議な人物である。
彼の『薫くんシリーズ』は、混沌とした時代の中で“みんなを幸福にするにはどうすればいいか”を模索する若者の姿を描いた物語であり、
今でも僕の大好きな青春小説であることに変わりはない。
僕の手元にある『ぼくの大好きな青髭』の帯(昭和52年7月25日発行の初版本)
にはこう書かれている。
───若者の夢が世界を動かす時代は終ったのか。月ロケットアポロ11号の成功の陰で沈んでいった葦舟ラー号。熱気渦巻く新宿を舞台に現代の青春の運命を描く───薫くんシリーズ完結編!
付録:「赤頭巾ちゃん気をつけて」の小さなトリビア
この作品は芥川賞受賞の翌年、話題になったことで映画化され、
この二人は後に、小椋佳のデビューアルバム「青春」とセカンドアルバム「雨」
のレコードジャケットに、“現代の若者”を象徴する二人の男女として登場している。