五橋中学校出身の恩田陸さん、直木賞受賞おめでとう!!

2017/01/21 10:05 地域の魅力 , カルチャー , イベント
久々のブログ更新です。
一昨日の夜、いつものように「ニコニコ動画」で芥川賞直木賞受賞作発表及び会見の生中継を見ていた。
仙台市出身の恩田陸さんが『蜜蜂と遠雷』で受賞。
おめでとうございます。
会見では、当然の如く(笑)河北新報の女性記者が質問した。でも以前書いたように「仙台での生活が創作活動の原点になっていますか?」などという返事に窮するような質問はしなかった。
その質問をしたのは富山新聞の記者だった。
著作の経歴には殆どが仙台市出身と書かれているので、てっきり恩田さんは仙台生まれだと思っていたのだが、青森生まれだった。
両親が仙台生まれで、今でも実家は仙台にあるらしい。
そこで不思議に思ったのは「じゃあ、出身とはどういう意味なのだろう?」ということだ。
調べてみると
出身=その土地・身分などの生まれであること。その学校・団体などから出ていること。「九州の出身」「民間出身の閣僚」「出身校」
デジタル大辞泉による
ということらしい。
恩田さんは仙台市立五橋中学校(当時は私の台原中学校の永遠のライバル校でした)に2年間在籍していたので仙台出身と呼ばれるらしい。
ただし父親が転勤族だったので、上記の「出身」という意味を当てはめれば、青森市松本市富山市秋田市仙台市水戸市など全てが出身地になるはずだ。
恐らく6県の各地方紙(東奥日報信濃毎日新聞北日本新聞、秋田魁新報河北新報、※水戸市茨城新聞の購読比率が11%と低く朝日・読売のほうが多く読まれている)で出身者の受賞として大きく取り上げられたに違いない。でも、実家は仙台にあるということなので、仙台が最も密接な感じである。河北新報様、良かったですね。
ちなみに第2回本屋大賞を受賞した青春小説の名作「夜のピクニック」は水戸一高在籍時に彼女が参加した学校の伝統行事である24時間長距離ハイクがモチーフとなっている。
この作品は高校生がひたすら歩き続けているだけのストーリーなのだが、一緒に歩く仲間が入れ替わったり、そこでの会話や行動などで、青春の痛みや輝き、人の温かさ、友情の尊さなどを知り、高校生たちが成長していく物語である。よくぞこの退屈なシーンの連続だけで、ここまで書いたものだと感動できる素晴らしい作品です。
新潮文庫になっているので、未読の方は読んでみてください。お薦めです。
また、直木賞を受賞した恩田陸さんの経歴を細かく調べ、ウイキペディアに加筆しましたので、是非ご覧ください。<(_ _)> 
註:あらためて気付いたが、彼女はワセダミステリクラブにも所属していた。私は大学入学時にサークルを選ぶときミステリクラブにも行った。確か、先輩の応対がぞんざいなので入るのをやめたはずだ(笑)。

下記は、新しく更新したWIKIより抜粋───
両親とも宮城県仙台市出身で、現在も同市に実家があるが、父親の転勤に伴って幼少時からたびたび転居した。恩田の本籍は仙台市にあり、公式プロフィル上も仙台市出身となっている。「宮城県生まれ」と書かれることもある。
恩田は1964年(昭和39年)10月25日、青森県青森市で生まれ、幼児期を長野県松本市で過ごした。1972年(昭和47年)に富山県富山市に移り、小学2年から5年まで富山市立五番町小学校(現中央小)に通った。1976年(昭和51年)に秋田県秋田市に移り、小学5年の終わりから卒業まで秋田市立旭北小学校に通った。1977年(昭和52年)に仙台市に移り、仙台市立五橋中学校入学時から2年間通った。1979年(昭和54年)の中学3年時から茨城県立水戸第一高等学校卒業まで茨城県水戸市で過ごした。
1983年(昭和58年)に早稲田大学教育学部(東京都)に入学。(以下省略)