最年少直木賞受賞作家”朝井リョウ”の「武道館」から、人生について考える。

前回が、自己満足の歌の宣伝みたいなブログになってしまったので、
もう少しまともなことを書こう。

と言っても、書きたいこと、言いたいことが山ほどあるにもかかわらず、
文章としてまとめきる時間がなかなか取れないので、
またまた“読書サイト”に以前掲載した本のレビューになりますが。

でも、このレビューは結構最近書いたものです。
戦後最年少の直木賞受賞者となった
朝井リョウ君が今年の春に発表した小説のレビューですので。
読書家じゃなくても、彼の名前はご存知なのではないでしょうか?
最近は結構テレビにも出ていたりしますので。

彼は高校の時から小説家になると決めていたようです。
高校の国語の先生からも、かなり高い評価を受けていたようですし。

今、まさしく旬の作家です。新作が出るのを毎回楽しみにしています。

それでは、2015年6月13日に発表した朝井リョウ君の「武道館」のレビュー

※この作品は、来年2月6日から
 フジテレビの土曜ドラマ枠で放送されるようです。

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冒頭───
 右手で母の手を、左手で父の手を握っていた。
「こうでもしていないと、愛子はすぐ踊ったりしちゃうから」
 危ないのよほんとに、とぼやく母の照れくさそうな横顔が、通りを走る車のライトに照らされている。
「踊りながら道路に飛び出したりしてな。変質者だと思われるぞ」
 続けて父がそう言うと、後ろを歩いている大地の両親がおかしそうにくすくすと笑った。両親と手をつないでいるようすを大地に見られるのはなんとなく恥ずかしかったけれど、両親の言うことは本当だし、実際、そんなことを気にしていられないくらい、愛子の心の中は忙しかった。


遥か昔、ステージ上で
「普通の女の子に戻りたい!!」と泣き叫んで、
芸能界を引退したアイドルグループがいた。
今から遡ること40年近くも前の話になる。
「普通の女の子」。
その気持ちは、取りも直さず、

“若くて、女の子で、歌うことと踊ることが大好きで、大好きな人のことも大好きだという状況は、どうして成り立たないのだろう”

という、この作品の中に出てくる気持ちに近いはずだ。

彼女たちは「普通の女の子」と同じように、友達を作ったり、何かを学んだり、誰かに恋をしたりという、ごく当たり前のことがしたかったのだ。
この発言から約半年後、人気絶頂の最中、彼女たち三人は揃って芸能界から去ることになる。
キャンディーズ」から「普通の女の子」に戻って、自分を見つめ直すために。

アイドルはアイドルとして存在し続けるために、様々な制約を課せられる。
その中で最も重要な掟は、恋愛禁止。彼氏や彼女を作ってはいけない。
それは、昔も今も同じだ。
ファンの幻想を壊せば、アイドルとしての価値はなくなるのだから。

アイドルとして生きていくのか、普通の女の子に戻るのか、
結局自分自身の意志でどちらかを選ぶしかない。
この作品の主人公「愛子」は、本当の自分として生きていくために、大好きな人を大好きだと言うために、アイドルの地位を捨てることを選択する。

この作品は、アイドル好きだと公言する作者朝井リョウ君の目線で見たアイドル論だ。
ただし、単なるアイドル論として片づけられないのは、
彼女らに限らず、人間誰もがその成長の過程で、
進むべき道を自分で選び取って生きて行かねばならないからだ。

右へ行くか、左へ行くか、人生が一度きりのものである以上、
選択肢は常にひとつ。後戻りはできない。
選んだ道が正しかったかどうかは、自分のその後の生き方で決まる。
でも実際には、本当に正しい道を選んだかなんて、誰にも分からない。

“「正しい選択なんてこの世にない。たぶん、正しかった選択しか、ないんだよ」”

そう思い込んで生きていくしかないのだろう。

キャンディーズが活躍していた頃と同じ時期、ラジオの深夜放送「落合恵子のセイヤング」を聴いていた高校時代。私の心の中に今でも刻まれている言葉がある。

リスナーから送られてきた手紙の内容は、
田舎から東京に一人出てきたものの、
寂しくて、辛くて、哀しい毎日を送っているというものだった。
でも、愚痴をこぼしながらも、その手紙の最後の台詞はこう結ばれていた。
「誰が選んだ道じゃない。自分で選んだ道だもの」

結果的に苦しい選択をしたとしても、それは飽くまで自分で選び取った道なのだ───。

自分の歩んできた道をあらためて考えさせられる作品だった。

単なるアイドル話をここまでの作品に仕上げる朝井君の手腕はさすがだ。
ただし、この作品では、これまでの彼独特のキラキラ光るような比喩があまり見られなかったのが残念でもある。

さて、東宝を退職し、会社員生活との二足の草鞋を辞めて、
作家業に専念するこれからの朝井君。
今後どんな作品を産みだしてくれるのかは、別の意味で楽しみだ。