新宿のライブハウスで歌った即興ソング

広告代理店に入社して四年目の夏、僕には娘ができた。
その頃、外資系の大きなクライアントを持っていて、その会社の偉いさんたちが本社アメリカからやって来るという。
日本支社の人から、彼らは歌が好きだという情報を貰っていたので、接待代わりに、僕らはライブハウスで英語の歌を演奏することになった。
 
場所は歌舞伎町の新宿プラザ劇場地下1階にある「カーニバル」。
来日した大物ジャズ・ミュージシャンなどもよく出演していた知る人ぞ知るライブハウスだ。
数週間前から、僕らは御茶ノ水の演奏スタジオを借りて練習を重ねた。
演奏する曲はサイモン&ガーファンクルの「アメリカ」と数曲ほど。
 
ライブ当日、リハーサルの合間、少し飽きてきたのだろう、
ピアノを弾いていたS君が自由に鍵盤を叩き始めた。
僕も退屈だったので、産まれたばかりの娘のことを思いながら、メロディーと詩をピアノの音に適当に合わせながら歌った。
ピアノとボーカルは不思議と上手くシンクロし、曲らしきものになった。
 
歌い終わったとき、S君が言った。
「〇〇さん、これやりましょう!! なかなか良いっすよ」
その場で思いついた即興のメロディーと歌詞だったにもかかわらず、思いのほか良い感じだったので、これは記念になるなと、私も同意した。
それが、この曲である。
 
カセットテープに録音して永久保存版にした。
さすがにノイズだらけで音質は最悪だが、娘が大人になり結婚する時になったら、流そうと思っていたが───。
 
「本番三分前に出来た曲」と言っているが、実はそうではない。
この時点では、まだ完成もしていない曲なのだ。
何故なら、この本番中でも、彼の弾くピアノの次のコード展開を予測し、僕はメロディーと歌詞(言葉)を瞬時に考えながら歌っているのだから。

歌詞(言葉)がすぐに出てこない部分があったり、ピアノの展開が僕の予測と違った時には、音が外れたり、慌ててメロディーを切り替えている部分があるのも、そのせいだ。
ラストなどは、歌詞が全く頭に浮かんでこなかったので、結局「ウーウウー」で誤魔化している(笑)。
 
20数年ぶりに聴いたが、全くの即興で歌ったにしては、結構いい曲だと自分では思っている。
自由に弾くピアノの旋律に合わせて、その場で歌詞とメロディーを考えながら歌うなんて、今では出来るわけもない。
1986年の出来事だから、29年も前のことになる。
 
フェイスブックで名前を検索していて分かったのだが、このピアノを弾いてくれたS君は、その後、別の広告代理店に転職し、今ではそのドバイ支社で優雅に暮らしているようだ。
もう一度、二人で即興ソングをやってみたかったな───。